我が国のサイン業界を長年リードしてきた、住友スリーエム(現:スリーエムジャパン)のフィルムオートカッティングシステム〈スコッチマスター〉シリーズは、1980年代後半から2000年代初頭にかけて、看板やウィンドウサイン、車両マーキング、標識など、あらゆる媒体のサインアートを創造するシステムとして全国の看板・サイン業者に普及した。
発案から製品までの工程をコンピュータを活用してシステム化し、サイン製作の効率化を図ったこのシステムは〈トータル・サインアート・システム〉と呼ばれ、ソフトウェアからカッティングプロッタ、インクジェットプリンタ等のハードウェアに至るまで、様々な製品がラインナップされた。
〈トータル・サインアート・システム〉最大の特徴は、住友3Mの豊富なフォントを使用できる点だ。今でこそ数多くのデジタルフォントが存在するが、当時はコンピュータ用のフォントと言えばビットマップフォントが主流の時代であり、後に普及した市販のアウトラインフォントも、プロユースには及ばない品質の書体が多かった。ゆえに、高品質なフォントを求めるユーザーの要求に応える形で、住友3Mをはじめとするカッティングシステムの各開発メーカーは、完成度の高い写植書体を模すなどして、独自に自社ソフト用のアウトラインフォントを制作した。
〈スコッチマスター〉シリーズで使用可能な〈3Mサイン書体〉も、他社の写植書体を模した書体が多いものの、1書体20~30万円で販売されていただけあり、フォントとしてのクオリティは高い。また、〈CIサイン書体〉や〈POPディスプレイ書体〉など、ユニークで斬新なオリジナルフォントも制作された。これらフォントは、MS-DOS上で動作する〈DosVEGA〉や、Windows上で動作する〈WinVEGA〉などの住友3M社製ソフトで使用でき、出力した文字を変形したり、袋文字・影文字などの装飾を施すことができる。さらに、図形データを書体登録することで、ユーザーオリジナルの書体も作成できる。これらのソフトで作成したデータは、カッティングプロッタ等の機器に出力できるほか、ベクターデータ(AI/DXF/NC形式)としても出力可能。
本記事では、〈スコッチマスター〉シリーズで使用できる、住友3Mの多種多様なバリエーションの書体について紹介する。
便宜上、書体を5つのカテゴリーに分類した。
CIサイン書体
三浦滉平氏と瀬野敏春氏によって制作された全3部作のCI専用書体。「“組んで読ませる”というよりも、“見せる”ための文字」というコンセプトのもと、サインや標識のために開発された。これら書体は、美術出版社より書体見本集の書籍も出版された。
CI-1/CIグラフィック
角ゴシックの力強さと丸ゴシックの柔らかさを合わせ持ったデザイン。企業のCIやビジネスショーのサイン文字など、ビジネスユースを想定して制作された。
CI-2/CIパブリック
漢字は一般的なゴシック体の表情を持ちつつ、かな文字はロゴタイプ感覚のデザイン。力強いがクセのない印象で、〈スリーエム・ゴシック〉の愛称でも呼ばれる。公園や公共の施設など、パブリックユースを想定して制作された。
CI-3/CIエレガンス
男性的で力強いイメージの〈CIグラフィック〉とは対照的な、女性的で洒落たデザイン。オフィスビルやホテル、美術館、デパート、ショッピングセンターなど、女性がよく利用する場所で使われることを想定して制作された。
基本書体
ゴシック体や明朝体などの基本書体。楷書体以外は、他社の書体を模したものである。
KG-1/角ゴ
写研〈ゴナE〉をベースに制作された。「た」などの字形や、一部濁点・半濁点の処理が異なるほか、本家よりも若干長体掛かっている。
KG-2/細角ゴ
写研〈ゴナDB〉をベースに制作された。一部濁点・半濁点の処理や、折り返し部分の処理、突き出しの有無が異なるほか、本家よりも若干長体掛かっている。
KG-3/極太角ゴ
写研〈ゴナU〉をベースに制作された。一部濁点・半濁点の処理や、折り返し部分の処理が異なるほか、本家よりも若干長体掛かっている。
KG-4/中細角ゴ
写研〈ゴナB〉をベースに制作された。折り返し部分の処理が本家と異なる。
MG-1/丸ゴ
写研〈ナールE〉をベースに制作された。一部濁点・半濁点の処理や、始筆・終筆部分の丸みが異なるほか、本家よりも若干長体掛かっている。
MG-2/細丸ゴ
写研〈ナールD〉をベースに制作された。「で」の濁点の位置や、始筆・終筆部分の丸みが異なるほか、本家よりも若干長体掛かっている。
MG-3/極太丸ゴ
写研〈ナール〉の骨格をベースに制作された。比較的オリジナル要素が強い。
MG-4/中細丸ゴ
写研〈ナールDB〉をベースに制作された。始筆・終筆部分の丸みが本家と異なる。
MD-1/明朝体
写研〈石井特太明朝 オールドスタイル大がな〉をベースに制作された。一部字形が異なるほか、本家よりも若干長体掛かっており、始筆の打ち込み・終筆の膨らみが簡素化されている。
MD-2/横太明朝
写研〈大蘭明朝 ニュースタイル大がな〉をベースに、漢字の横画を太くしたデザイン。一部字形が異なるほか、本家よりも若干長体掛かっており、始筆の打ち込み・終筆の膨らみが簡素化されている。
KS-1/楷書体
宮東寿夫氏によって制作された楷書体。縦組みでも横組みでもガタツキがなく、一本に見えるようにつくられ、筆の良さや手の痕跡を残したデザインとなっている。この書体は、〈CIサイン書体〉と共に、美術出版社より書体見本集の書籍も出版された。
RS-1/隷書体
マール社から出版された『隷書体字典』の書体をベースに制作された。
HM-1/ストローク
写研〈ゴナ〉の骨格をベースに制作されたストローク書体。
C書体
頭文字に「C」の冠がついた書体。
CKG-1/C角ゴ
オリジナルデザインと思われる、モダンスタイルのゴシック体。
CKG-2/C細角ゴ
オリジナルデザインと思われる、モダンスタイルの細ゴシック体。
CKG-3/C太角ゴ
オリジナルデザインと思われる、モダンスタイルの太ゴシック体。
CMG-1/C丸ゴ
オリジナルデザインと思われる、昔ながらの丸ゴシック体。
CMG-2
写研〈ナールDB〉をベースに制作された。書体名は不詳。
CMG-11
日本リテラル〈セイビミナトB〉とほぼ同一の書体。書体名は不詳。
CMG-21/C新丸ゴ
写研〈ナールE〉をベースに制作された。濁点・半濁点の処理や、始筆・終筆部分の丸みが異なるほか、本家よりも若干長体掛かっている。
CMD-1/C明朝
オリジナルデザインと思われる明朝体。
CMD-2/C太明朝
オリジナルデザインと思われる太明朝体。
CMD-3
日本リテラル〈セイビシオミDB〉とほぼ同一の書体。書体名は不詳。
CKT-1/勘亭流
日本リテラル〈セイビジンダイUB〉とほぼ同一の書体。
CI基本書体
頭文字に「CI」の冠がついた、〈CIサイン書体〉以外の書体。いずれも、写研書体を模している。
CI-11
写研〈ゴナDB〉をベースに制作された。書体名は不詳。
CI-12
写研〈ゴナD〉をベースに制作された。書体名は不詳。
CI-21
写研〈ナールD〉をベースに制作された。書体名は不詳。
POPディスプレイ書体
三浦滉平氏と瀬野敏春氏によって制作されたポップ専用書体。収録字数はいずれも1,000字ほど。〈POP-1/四季〉〈POP-2/マヌカン〉〈POP-3/パラソル〉〈POP-4/クラフト〉〈POP-10/ハッピ〉〈POP-13/ステージ〉の6書体が書体ソフトとして商品化され、この他にも計16書体が制作された。
※フォントデータが手元に無いため、日経BP社『にっけいでざいん 1992年3月号』掲載の書体見本より抜粋した。
最後に…
〈スコッチマスター〉シリーズは、2006年に製造・販売が終了したため、これら書体の使用例を見かける機会は以前より減ったものの、最大手フィルムメーカーのカッティングシステムとして広く導入された実績もあり、今なお全国で住友3Mの書体を使用した看板などを街中で見かけることができる。
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