皆様は「ナール」という書体をご存知だろうか。ナールは、かつての業界最大手「写研」の丸ゴシック体である。原字は書体デザイナーの第一人者、中村征宏氏が制作した。ナールは1972年にリリースされ、その後20年以上にわたって ナールD('73年) → ナールL, M('75年) → ナールE('77年) → ナールDB('87年) → ナールH, U('95年) とウェイト展開された。さらに、装飾書体の ナールO, OS, SH や、幼児用かなも作られ、ナールファミリーは完成された。
1972年のリリース以降、ナールは出版物やTV番組のテロップ、看板など日本の至る所で使用され、国内の丸ゴシック体を代表する存在となった。しかし、90年代以降、PC上での組版が可能となったDTPが普及していく中、写研の書体を使用するには写植機など写研専用システムが依然として必要であり、写植の衰退、DTPの発展と共に、写研書体はDTPに対応した他社製品へ続々と置き換えられた。ナールも例外ではなく、その多くがフォントワークス「スーラ」をはじめ他の類似書体へと置き換えられ、現在においてもナールを採用している作例はごく限られている。
ナールが現在も採用されている数少ない事例として、一般道の道路標識が挙げられる。原則として、青地に白文字の場合にはナールDが、白地に青文字の場合にはナールDBが採用されており、全国各地でその使用例を確認できる。
そんなナールには、ナールを模倣した偽物と思しき書体が数多く存在する。これらは概して偽ナールと呼ばれ、Windows/Mac上で使えるものから特定のソフトウェア専用のものまで、バリエーションは様々である。前置きが長くなってしまったが、当記事では私が確認できた数々の偽ナールを本物のナールと比較しつつ、その約説をまとめてみた。
※以下の情報は、あくまで私個人がインターネット上の情報などを基に調査したものですので、すべての情報に確証はございません。予めご承知おき下さい。
- 画像・表記について
- ラムダシステムズ
- 住友スリーエム
- Wissen
- 桜井/セルカム
- ハリマ
- インサイト
- 積水化学工業
- 日本エレックメイト
- 武藤工業
- エム・ピー・シー
- えびすフォントライブラリー
- ダイナコムウェア
- テクノアドバンス
- システムグラフィ
- MY丸ゴ(GMY丸ゴ/SD丸ゴ/G丸ゴシックMY/TA丸ゴ/ST丸ゴシックMY/マックス太丸/中丸ゴシック体)
- SN丸ゴ(SK丸ゴ)
- ST丸ゴ
- TK丸ゴ(PC丸ゴ)
- TE丸ゴU(TE丸ゴL100/HGTE丸ゴシックU)
- SN長体丸ゴM(SK長体丸ゴS100)
- MY重ね丸ゴU(GMY丸ゴシックORU/SD重ね丸ゴL100/G重ね丸ゴシックMY-U/TA重ね丸ゴ/ST重ね丸ゴシックMY-U/HG重ね丸ゴシックH/FC重ね丸ゴシックH)
- MY重ね丸シャドーEB(GMY丸シャドーOREB/SD重ね丸シャドーL100)
- MY丸シャドーDB(GMY丸シャドーDB/SD丸シャドーM100)
- MYインライン丸ゴU(GMYインライン丸ゴシックU/SDインライン丸ゴL100/HGインライン丸ゴシックE/DCインラインW5)
- MYストロークL(PCストロークM100/GストロークMY-L/TA細字体)
- 文鼎字型
- 方正字庫
- 華文字庫
- さいごに
画像・表記について
当記事におけるナールと偽ナールの比較画像は、アニメーションGIFを使用しています。従って、閲覧環境によっては画像が正常に表示されない場合があります。
画像表記に関しては、下記の画像をご参照ください。
ラムダシステムズ
ラムダ体
ラムダシステムズのテロップシステムで使用できる専用書体。ウェイトはナールDB相当。漢字は全くの別物だが、仮名はナールに似ている。
住友スリーエム
住友スリーエム(現:スリーエム ジャパン)のカッティングソフトで使用できる専用書体。詳しくはコチラの記事へ。
Wissen
POP作成ソフトで使用できる専用書体。ウェイトはナールH、E、DB、D相当のものがある。ベースは本家本元のナールではなく、住友3Mの偽ナールである。
桜井/セルカム
桜井およびセルカムのカッティングソフトで使用できる専用書体。ウェイトはナールE、DB、D相当のものがあり、偽ナールの中でも特に本家に似ている。
ハリマ
ハリマ(現:テオン)のカッティングソフトなどで使用できる専用書体。ウェイトはナールE、D相当のものがあり、偽ナールの中でも特に本家に似ている。
インサイト
インサイトのカッティングソフトで使用できる専用書体。ウェイトはナールH、E、DB、D相当のものの他に、ナールにはないH~Eの中間のものがある。いずれもナールと若干の差異があり、見分けることは可能。
積水化学工業
積水化学工業のカッティングソフトに、ナールに酷似した専用書体が搭載されていた(下記参考ツイート)。ウェイトは少なくともナールE相当のものがあり、偽ナールの中でも特に本家に似ている。
私が所有していた某メーカーのカッティングシステムには『ほぼナール』が入っていました。
— サインズシュウ®︎ (@signsshu) 2022年3月1日
ほぼゴナも。
明朝体は何のコピーなのかな?
楷書は織田に似ていました。
PCごと廃棄してしまいましたが、カタログだけ残ってます。
仮想でに古いPCをインストールすればフロッピーはあるので再現できるかも? pic.twitter.com/vAPinEeR3P
日本エレックメイト
日本エレックメイト(現:ネムコ)のカッティングソフトに、ナールに酷似した専用書体が搭載されていた。ウェイトは少なくともナールH相当のものが1書体、E相当のものが2書体ある。エーティのカッティングソフトにも、これら書体が搭載されていた。
武藤工業
武藤工業のカッティングソフトに、ナールに似た専用書体が搭載されていた。原字は㈲工友社によるもの。
松江しんじ湖温泉駅など、一畑電車の一部の駅名標で使用例を確認できた(下記参考ツイート)。
現実の駅名標も、フォントで制作→長体、で処理してるものが多くなっている。勝沼ぶどう郷駅など、長体かけるくらいなら文字詰め調整しろ。一畑電車は「いちばたぐち(最初から長細い文字を書いている)」の気持ちを思いだしてほしい。 pic.twitter.com/m3VyNkz00V
— 磯部祥行 (@tenereisobe) 2020年3月11日
エム・ピー・シー
サイン太丸/中丸ゴシック体
エム・ピー・シー(MPC)がかつて販売していたTrueTypeフォント。上記の武藤工業のカッティングソフトに搭載されていた専用書体を、MPCがTTF化した。武藤工業の偽ナールは、「サイン太丸ゴシック体」と「サイン中丸ゴシック体」のみTTF化されたが、実際には他のウェイトも存在する。2009年にMPCが倒産した為、現在は販売されていない。
えびすフォントライブラリー
EB果芽論R8(RD果芽論R8)
えびすフォントライブラリーのTrueTypeフォント。MPCのサイン太丸ゴシック体をベースに、画の重なる部分にくい込み処理を施した装飾書体。データクラフトのフォントパッケージ「FONTWIRE レトロ&モダン」にも「RD果芽論R8」として収録された。
ダイナコムウェア
DF中太丸/中丸/細丸ゴシック体
ダイナコムウェアのCID/TrueType/OpenTypeフォント。ウェイトはナールD、M、L相当のものがある。フォントとしての完成度は低いが、DTP黎明期にリリースされ、安価なフォントパッケージに多数収録されたことから、偽ナールの中でも汎用性が高く、あらゆる媒体での使用例が見られる。
テクノアドバンス
風雅マルゴ
テクノアドバンスのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。ウェイトはナールE、DB、D相当のものがある(風雅マルゴ01は、ナールEよりウェイトが一回り太い)。積水化学工業の偽ナールをベースに制作された(下記参考ツイート)。
「風雅シリーズ」のフォントは、Gradeo用フォントとして開発したフォントで、デザインを参考としたのは、1988年に販売を開始した積水化学工業のカッティングシステム「ハル字君」に搭載された書体です。
— 片岡正 (@kataokapoko0410) 2023年8月13日
「風雅シリーズ」フォントのリリースは、1997年のことでした。 pic.twitter.com/QIxOBaKm1R
TA風雅丸ゴシック
テクノアドバンスがかつて販売していたTrueType及びOpenTypeフォント。上記の「風雅マルゴ」を同社がTTF/OTF化した。風雅マルゴよりも曲線のアウトラインがガタついており、一部字形も変更されている。テクノアドバンスの倒産後はスキルインフォメーションズから販売されていたが、現在は販売終了となっている。
GS丸/細丸ゴシック
テクノアドバンスのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。ウェイトはナールE、D相当のものがあり、偽ナールの中でも特に本家に似ている。
システムグラフィ
MY丸ゴ(GMY丸ゴ/SD丸ゴ/G丸ゴシックMY/TA丸ゴ/ST丸ゴシックMY/マックス太丸/中丸ゴシック体)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。MY丸ゴU、DB、MはTrueTypeフォントの「GMY丸ゴ」としても販売されている。制作元はアークシステム。ベースは本家本元のナールではなく、住友3Mの偽ナールである。日本デジタルグラフィック、マックス、テクノアドバンス、ラオンなどのカッティングソフトにも搭載された他、テクノアドバンスからは「TA丸ゴ」としても販売された(テクノアドバンスの倒産後はスキルインフォメーションズから販売されている)。OEMは下記参照。
TA丸ゴ
テクノアドバンスの「TA丸ゴ」は、ベースとなった「MY丸ゴ」と字形が若干異なる。
SN丸ゴ(SK丸ゴ)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。制作元はアークシステム。ウェイトはナールE、D相当のものがある。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載されている。OEMは下記参照。
ST丸ゴ
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。制作元はアークシステム。ウェイトはナールE、DB相当のものがある。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載されている。OEMは下記参照。
TK丸ゴ(PC丸ゴ)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。制作元はアークシステム。ウェイトはナールE、D相当のものがある。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載されている。OEMは下記参照。
TE丸ゴU(TE丸ゴL100/HGTE丸ゴシックU)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。制作元はアークシステム。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載された他、リコーからは「HGTE丸ゴシックU」としても販売されている。OEMは下記参照。
SN長体丸ゴM(SK長体丸ゴS100)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。制作元はアークシステム。ウェイトはナールD相当で、80%程の長体がかけられている。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載されている。OEMは下記参照。
MY重ね丸ゴU(GMY丸ゴシックORU/SD重ね丸ゴL100/G重ね丸ゴシックMY-U/TA重ね丸ゴ/ST重ね丸ゴシックMY-U/HG重ね丸ゴシックH/FC重ね丸ゴシックH)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。TrueTypeフォントの「GMY丸ゴシックORU」としても販売されている。制作元はアークシステム。MY丸ゴUをベースに、画の重なる部分にくい込み処理を施した装飾書体。日本デジタルグラフィック、テクノアドバンス、ラオンなどのカッティングソフトにも搭載された他、リコーからは「HG重ね丸ゴシックH」としても販売されており、かつてはテクノアドバンスから「TA重ね丸ゴ」、富士通ミドルウェアから「FC重ね丸ゴシックH」としても販売されていた。テクノアドバンスが倒産した現在、TA重ね丸ゴはスキルインフォメーションズから販売されている。OEMは下記参照。
FC袋/影 重ね丸ゴシックH
富士通ミドルウェアのTrueTypeフォント。FC重ね丸ゴシックHをベースに、袋文字加工や影付け加工を施した装飾書体。FC影 重ね丸ゴシックHは後述のMY重ね丸シャドーEBと同様の装飾手法だが、影の付け具合に若干の差異がある。
MY重ね丸シャドーEB(GMY丸シャドーOREB/SD重ね丸シャドーL100)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。TrueTypeフォントの「GMY丸シャドーOREB」としても販売されている。制作元はアークシステム。MY重ね丸ゴUをベースに、影付け処理を施した立体的な装飾書体。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載されている。OEMは下記参照。
MY丸シャドーDB(GMY丸シャドーDB/SD丸シャドーM100)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。TrueTypeフォントの「GMY丸シャドーDB」としても販売されている。制作元はアークシステム。MY丸ゴDBをベースに、影付け処理を施した立体的な装飾書体。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載されている。OEMは下記参照。
MYインライン丸ゴU(GMYインライン丸ゴシックU/SDインライン丸ゴL100/HGインライン丸ゴシックE/DCインラインW5)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。TrueTypeフォントの「GMYインライン丸ゴシックU」としても販売されている。制作元はアークシステム。MY丸ゴUをベースに、インライン処理を施した装飾書体。日本デジタルグラフィックのカッティングソフトにも搭載された他、リコーからは「HGインライン丸ゴシックE」、ダイナコムウェアからは「DCインラインW5」としても販売されている。OEMは下記参照。
MYストロークL(PCストロークM100/GストロークMY-L/TA細字体)
システムグラフィのカッティングソフトなどで使用できる専用書体。制作元はアークシステム。ナールのような骨格をしたストローク書体。日本デジタルグラフィック、テクノアドバンスのカッティングソフトにも搭載された他、テクノアドバンスからは「TA細字体」としても販売された(テクノアドバンスの倒産後はスキルインフォメーションズから販売されている)。OEMは下記参照。
文鼎字型
文鼎圓體
「文鼎圓體」は、台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。繁体字版や簡体字版の他に、日本語フォントの「AR丸ゴシック体」も販売されている。いずれも基本的には共通のデザインなので、ここでは繁体字と簡体字のフォントのみ紹介する。
簡体字版
簡体字版の文鼎圓體。漢字は別物だが、仮名がナールに似ている。他のウェイトも存在するが、上記画像のウェイトと仮名の字形が異なる。このフォントの仮名部分は、他の文鼎字型製のフォントにも一部流用されている。
繁体字版
繁体字版の文鼎圓體。仮名は別物だが、漢字がナールに似ている。
文鼎黑體
台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。文鼎圓體(繁体字版)を、そのまま角ゴシック体にしたような字形をしている。
上記画像のウェイトは、仮名もナールのような字形をしている。
文鼎新黑體
台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。文鼎黑體をベースに、視認性の向上などを目的にデザインされた。日本におけるUD書体のような立ち位置の書体と言える。
上記画像のウェイトは、仮名もナールのような字形をしている。
文鼎圓立體B
台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。文鼎圓體Bをベースに、立体的な3D装飾を施した書体。繁体字のフォントのみ存在する。
文鼎甜心體U
台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。どちらも文鼎圓體Uをベースに、音符の装飾を加えた装飾書体。繁体字と簡体字のフォントで装飾の仕様が異なる。
文鼎立體像素20M/文鼎漸層方點像素20M/文鼎拼貼像素20M
台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。いずれも文鼎圓體をベースに、ドット加工を施した装飾書体。繁体字と簡体字のフォントが存在する。
文鼎魔幻顆粒
台湾のフォントメーカー「文鼎字型」のフォント。文鼎圓體をベースに、ビーズ加工を施した装飾書体。繁体字のフォントのみ存在する。
方正字庫
方正圓体
中国のフォントメーカー「方正字庫」のフォント。仮名は別物だが、漢字がナールに似ている。繁体字と簡体字のフォントが存在する。
華文字庫
華文圓体
中国のフォントメーカー「華文字庫」のフォント。平仮名および漢字がナールに似ている。繁体字と簡体字のフォントが存在する。Mac OS Xに標準でバンドルされている。
さいごに
偽ナールに関しては一般販売されていないものも多く、当記事で紹介した書体以外にも存在すると思われます。より詳しい情報をお持ちの方はコメントしていただけますと幸いです。閲覧ありがとうございました。